200X年 卯月−京都 
       
       世界中のミクロ生命体自治区の管理官とM.I.C.R.及び各国代表者が集う会議が、ここ京都で行われようとしていた。今後の世界の枠組みを決める重要な会議である。 
       民営ミクロ居住区東京支部からは、刹那管理官が代表として派遣されていた。交渉術・情報操作に長けたセツナが適任と判断したヒドウの策略である。 
       
       
       そこは、柔らかい日差しが降り注ぐ小道。 
       セツナは一人、昼のレセプションを抜け出して、左京区の哲学の道を歩いていた。 
       疎水の両側には桜の並木。水路を覆う春色のトンネルがあった。 
       
       
        桜が、人の心を狂わすのは何故かしら。 
       
         散りゆく花を惜しむように 
          過ぎゆく季節を嘆くように 
           移ろい行く想いを悲しむように 
       
       セツナは、舞い落ちる花びらをそっと捕まえた。 
       
        今、この季節、この瞬間に咲き誇るから桜は人を魅了するのね。 
        散るからこそ、そこに美が生まれ、人は狂喜する。 
       
        この星に生まれし、小さき民よ。 
        私の手の中で、狂いなさい。 
        散りゆく運命にあるということも知らずに。 
       
      「刹那様。そろそろお時間です。」 
       秘書官が、静かに午後の会議の時間を告げる。 
       
       淡い桜色の世界に生まれた一瞬の紅。 
       古都に毒の花一輪。 
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